- HUB:高崎商科大学サジェスチョン
キャリア「教育」、進路「指導」脱却のススメ ~キャリアを自分のものにするためのヒント~
Q.「やりたいことがない」にどう向き合う?
Question.01 好きなことや、向き、不向きを見つけるコツってありますか?
村上:15歳でアメリカに行くまでは、自分の好き/嫌いがわかっていませんでした。海外経験、大学のゼミ活動など、いろんな場面に足を踏み入れて少しずつわかってきた感じです。知識や経験を積まないと、好き/嫌いの方向性を見出せないし、気持ちに当てはまる言葉や概念に出会えない。例えば「マネジメント」という概念を知らない段階では、「マネジメントが好きだ」とは言えないじゃないですか。言葉を学ぶ、世界を知ることが大切ですよね。
鈴木:最初から自分の好きなことを理解している人はなかなかいない気がします。私の場合、「失敗」が自分を知るカギでした。行動して、失敗して初めて、本当に何が好きなのかが見えてきた。もしかしたら学校の先生は、生徒に失敗を避けさせようとアドバイスをするかもしれません。でも、先生にとっての成功/失敗の基準が、生徒の思う基準と同じとは限らない。高校時代の私は、失敗の基準を勝手に決められてしまって、正直、苦しい思いをしていたので。
滝井:生徒・学生の将来を真剣に考えれば考えるほど、安定が見込める進路を勧めたくなるのは、教員がもつ自然な「親心」ですよね。ただ、本人にとっては安定より大切なものがあるかもしれませんし、不安定な道を選んだがゆえの回り道や失敗が、貴重な経験になるケースもあり得ます。働き方、生き方がますます多様になりゆく今、おふたりのように生き生きとキャリアを語れる生徒を増やすには、「高偏差値」「手に職」といった従来の「成功」の枠に一律に導くのではなく、生徒・学生自身に将来を考える機会を与え、個々が考えた結果を応援する姿勢も求められそうです。この点は、学生によって向き不向きがあるため、私も日々学生の様子をよく見ながら向き合っているところです。
Question.02 高校生や大学生には、やりたいことがないと言う人も多いんです。
村上:私も、銘仙が自分にとって大事なものだと気づいたのは20歳を過ぎてから。何が好きなのか、どんな道に進みたいのか、考えるきっかけがないと、自然には出てきづらい気がします。そんな自分の経験も踏まえて、中高生のワークショップに招かれたときによくやってもらうのが、好きなことを10分間に100個書き出してもらうというワーク。時間を決めて強制的に挙げてみると、「自分の興味はこういう方向にあるんだ」といった気づきがありますよ。
鈴木:「自分の人生で何をやりたいんですか」と人前で問われたら、今の私でも答えるのにちょっとためらいます(笑)。「好き」とか「将来目標」という言葉は強いし、重いので、公言するにはハードルが高い。「気になるもの」「ハマっているもの」などに言葉を変えると、挙げやすくなるのでは。あとは、公言する前に信頼できる人に話してみるのもいいかもしれません。相手とやりとりをするうちに、なぜ自分がそれに惹かれているのかを深堀できそうです。
滝井:考えてみると私たち大人でも、この先やりたいことを聞かれたら答えに詰まる人は少なくないでしょう。まして高校生や大学生なら、自分のことをわからなくて、ある意味当然。実は本学も、科目選択の幅が広く、コースや進路の変更にも柔軟に対応している特性上、将来目標を見つけられていない人の入学が多いんです。おふたりの「時間を決めて強制的にリストアップする」「他者に話し、その反応を聞いて自身を客観視する」という手法は、キャリアカウンセリングでも効果が認められていて、私もよく使います。内面を知る機会を提供できればよいなと思っています。
Q.「やりたい!」を見つけた先をどう支える?
Question.03 今のお仕事は「一生もの」になりそうですか?
村上:変わるかもしれない部分と、ずっと変わらないだろう部分があります。今は、銘仙をはじめ日本の伝統文化や繊維産業を世界に知ってもらいたいという思いが強いですが、その手段は変わっていくだろうと思います。ひょっとしたら取り扱う対象自体が変わるかも。旅が好きなので、旅先で素敵なものと出会ったらそれを仕事にしたいと思うかもしれません。ただ、手触りのあるリアルなものを対象にしたいという思いはきっと変わらないですね。
鈴木:クリエイター、デザイナーが自分にとっての生き方。何かを創造するという営みは永く続けていくつもりです。ただ、それ以外はガラッと変わっても全く不思議ではないです。モノづくり、デザインという根本が私にとっては大事で、作り出すものがプロダクトになるか、ファッションになるか、空間になるかはそのとき次第ですね。例えば未来の私は、野菜を育てているかもしれません。そういう自分自身の心の変化も、楽しんでいけたらと思います。
滝井:生き方の軸がしっかりした人でも、やりたいことは変化していくんですよね。人生の軸と、進路や職業は、必ずしも一対一で結びつくわけではない。生徒・学生の志望先がコロコロ変わるように見えても、本人の中ではつながりがあるのかもしれません。教員としては、生徒・学生の決断を尊重してあげたいところです。私にも、ブライダル業界を志望する学生に「金融業界をめざしたい」と相談された経験があります。決断の根拠や志望先への理解度を確かめる必要はありますが、「もったいない」というのは教員側の価値観。もちろん「よし、応援しよう」と答えました。
Question.04 進路を考えるとき、どんな先生がいると頼りになりそうですか?
村上:私が生徒なら、社会と生徒をつなぐ「ファシリテーター」や「コーディネーター」役の先生を頼もしく感じます。「責任もって全生徒の進路を決めます!」ではなく、世の中のいろいろな人を連れてきて、それぞれの働き方、生き方を生徒に紹介したり、その話を受けて生徒に将来を考えさせたりする先生です。10代に圧倒的に不足しているのは、知識や人生経験、郊外の人と知り合う機会。それらを補って、生徒の視野を広げる先生がいてくれたら。
鈴木:進路に正解はないし、今の時代、未来がどうなるか誰にもわからない。そう考えると、めざす道は生徒本人が見つけるしかないように思います。かえって迷うことになってもいいので、一人の人間として一緒に考えて、率直な意見を言ってくれる先生がいてほしいですね。辺に自信満々であるより、「悩ましいね」「自分にはできなかったけど、こういう進路もあるよ」と弱さを正直に見せてくれる先生が、私としては信頼できます。
滝井:教員は日ごろの授業では指導者であり、人生においては先輩である立場上、どうしても、生徒・学生の弱さに目が行きがち。でも、「自分にはできないことも、この生徒・学生ならできるのでは」と、信じる場面があっていいと思います。ハードな現実に直面するかもしれませんが、それが本人が選んだ結果です。カウンセラーである自分と、クライアントの人生を区分けするのがカウンセリングのセオリー。うまくいかなくても、「あなたが選んだ道なんだから」と言う勇気が必要です。そうしないと本人は、いつまでも他人の決断に従って生きることになるからです。
卒業式で「ありがとう」と言われなくてもいいじゃない
滝井:私は学生の進路相談に、あるポリシーをもって臨んでいます。それは目先の「ありがとう」を求めないということ。教員が進路を考え、実現に力を貸すと、学生からは大いに感謝されます。様々な考え方を話してさんざん迷わせた挙句、決断を委ねると、「それを聞きに来たのに」と、まず喜ばれない。でも、他者が進路を決めてしまったら、その後訪れる岐路を、本人はどうやって乗り切るのでしょう。村上さんや鈴木さんが、自分を主人公とするキャリアを形成できている、つまり「自分軸で生きている」のは、時にタフな局面に直面しながらも自身による決断を重ね、自分の人生に責任をもって生きているからだと、お話を聞いて感じました。一方で倒れないように支えながらも、もう一方で生徒・学生を突き放す姿勢が、本人の自分軸を育てるのだろうと思います。卒業式でメモ合わせないまま去っていく姿は切ないですが、「振り返ってみたらいい先生だったかも」と将来どこかで言ってくれることを信じるのが、教員という職業の務めではないでしょうか。